光る作り手

Photo by Satoko Kamada 2019SEP

2019年9月29日(日)。
「讃岐のイッピン!ええもんフェスタ2019」に出向いた。

そこに展示されている工芸品を見に行こう、生産者さんたちにお話を伺おうと思って訪れた。

工芸品、民芸品と聞くと、なんだか昔からあるもので、今の自分には関係ないものばっかりがある。というイメージはないだろうか??実際にそういうものが多いと私は思う。
それでも、今回訪れて「これは!」と思う光る作り手さんがいらっしゃった。

1.伝統の守り方はいくつかある
2.買わない理由が見えたセールストーク
3.どうすれば、もっと漆器を30代~50代に買ってもらえるのだろう?
4.光る漆器屋さんを見つけた
さいごに:漆はこれから来る!


1.伝統の守り方はいくつかある


・形を守る
・技を守る
・材料を守る

形を守るのもとても重要なことだと思う。一方で、それを守ることが本当にその伝統工芸を50年先も100年先も生き残らせる方法であるかどうかは、少し考えなくてはならないと考える。

工芸品で形を守ることに固執してしまうと、次のようなことが予測される。
工芸品において私の言う「形」とは、「商品の姿・形・用途」を指す。形を守り続けると、その商品が世の中から必要とされなくなったとき、その時代の人々が鑑賞品としてもその形に価値を見出さなくなったとき、「形」とともに、それを作るための「技」が消滅する。場合によっては芋づる式に「材料」も消える。

私の仕事は、お客様の商品がどうすれば、今よりも1点でも多く売れるようになるかを考えて、提案し、実行することだ。ついそんな視点で商品やお店を眺めてしまう。

この商品は100年後、同じような場所にあるだろうか?あるとしたら売れるだろうか?売れるとしたらどのくらい売れるだろうか?

同じ形を守るといっても、模様/文様は文字同様守っていくべきだと私は思う。けれど、それが100年前と同じものに同じように使われていれば、共に消えてなくなってしまうかもしれない。

2.買わない理由が見えたセールストーク

ある店では、伝統的な形をした商品が多く並んでいた。
「ここにある商品を先代から受け継いだ形でずっと作り続けて、50年後、100年後、いくつ売れるのだろうか。売れるとしたらどんな人がいくつ買って、新しいものを買うのはどのくらい先だろう」そんなことを思いながら商品を眺めていたら、お店の方に声をかけられた。

一通り、商品の説明を一方的にした彼女は、さらに一方的に、今回はイベント価格がついているが、本来はこの値段では出せない品だ...という。それを聞いて、だったら、なおさら欲しくない、と私は思った。

漆芸品を扱う店だった。漆器は丈夫で欠けても修理がきき、正しく使ってやれば、私の年で買えば、娘の代まで、娘が大事にしてくれれば、孫の代まで十二分に使えるものだ。

私が彼女のセールストークに疑問を覚えた理由がご想像いただけるだろうか?

1)漆器はちゃんとしたものなら一生使える。100円均一の同じ機能のものとは比べ物にならない値段がする。


 だからこそ、心から惚れ込んだものを「あぁ、良い買い物をした。一生大事に使おう。この品との出会いにどれだけ感動したか、娘に話してやろう」という思いで気持ちよく作家の言い値で買いたい。

 「心から惚れ込んだもの」でなくてはいくら通常の値段より安くても買わない。

 その店に並んでいたものは、どれも、「私からだ」と言って贈り物をしたいと思うものも、私自身が使っているところを想像することも、できないモノばかりだった。

 伝統的な柄だね。色遣いだね。発色は美しいね。ほんとだ、ちょっと安いね。とは、思ったものの...「まぁ!なんて素敵なんでしょう!!!」と思う見た目のものはなかった。



2)通常はこれより高い。


 最近は日本産の漆を手に入れるのは困難だと聞いたことがある。漆を塗る木地を作る職人さんも減っているそうだ。一人前になるには年月がかかる。職人さん1人が一日にできる作業にも限りがある。そりゃぁそうさ。生身の人間が手で作ってるんだもの。安いはずがないよ。ということを、重々理解したうえで...ふと思ったのだ。

 この商品が通常はこれより高いのは、年間に売れる数が少ないから1つの値段をあげなくてはいけないのだろうか?材料費と人件費、技術料が高いのはわかるが、もし、同じものがすごい量売れても、その値段なのだろうか?

 大変失礼な話なのはよくわかっている。こんなことを思ってしまったのは、例のセールストークの中に、商品を作った職人さんの物語が一瞬たりとも出てこなかったからだ。
もし、彼女の語った言葉のなかに、職人さんがどんな方で、どのような思いで日々漆器を作っていらっしゃるかを聞かせてもらえていたら、「たくさんうれたら値段さがる?」なんてこと思うこともなかった。

3.どうすれば、もっと漆器を30代~50代に買ってもらえるのだろう?


もしかしたら、若者なんかに買ってほしくないと思っているのかもしれない。それなら、それでよいと思う。だけど、もし、どうしてバブルの時ほど売れなくなったのだろう...と首を傾げたままなのであれば、一考の価値はあるかもしれない。

「漆器が良いものだ」「丈夫で軽い」「漆器は安いものではない」と漆器を出している店数件で同じセリフを聴いた。

商品の品質だけで、消費者はモノは買わない。どんな業界にだって言えることだ。
さらに、値段だけでも、消費者はモノを買わない。そのモノや事に対して見合う価値を見出せる値段であり、その消費者のお財布事情に合致したとき、モノや事は売れる。だからといって、売れば売るほど赤字になるような値段でモノを売ってはいけない。

展示販売の肝は「あ!なんだろう?」「あ!ほしい!」とまず思われることだろう。それを引き出すのは来場者の世代に響く「美」なのだと私は今回感じた。

消費者が自宅で、職場でそれを使っていると想像したときに、わくわくするもの。消費者の生活習慣で理にかなっているもの。

過去20年で新築された家に昔ながらの和室(床の間、ふすま、障子、畳)を作った家はどのくらいあるだろう?畳の間がある家は今でもコンスタントに建っている。それは、私の会社の工務事業部の仕事を見ていて感じる。しかし、それらの畳の間の内装イメージは50年前のそれとはずいぶん異なる。とてもモダンなイメージだ。そこに合うのは、昔ながらの絵柄や模様の漆のお盆ではない。もっと先鋭的なデザインの漆のお盆だ。

想像してほしい。
ちょっとした来客用にと玄関を入ってすぐに4畳半の畳の間を設けた30代のご夫婦がいる。壁は白で塗りあとを残したような質感のあるクロス。窓には障子をはめて、室内に使われ見えるところにある木は障子も含め、色をつけていない白木のまま。畳はヘリのない琉球畳(正方形の畳)。照明は、天井の中心から垂らした、イサムノグチ風の竹ひごと和紙で作られた球体の照明。その下に、ご夫婦がIKEAで見つけたちゃぶ台風の丸いローテーブルを置いている。こちらも気の色は木肌色(白)だ。

そこに通された同年代の友達夫婦がいる。新築の畳の間独特の木とイグサの香りがする。ちょっと接着剤なんかの匂いも残っている。それでも、友達夫婦は「やっぱり、新築いいね」とキョロキョロしている。そこへ、今まで見たこともないような模様をあしらった漆のトレーに乗って、コーヒーが運ばれる。友達夫婦の奥さんは見逃さない。

「そのトレーかっこいいね!どこの?」

そう、尋ねられた時、この夫婦は、値段ではなく、どこでどんな出会いをそのトレーとしたか、どんな作家が作ったものかを熱く語るだろう。それを聞いた友達夫婦は、漆器は年配の古美術とかが分かる人向けだと思っていたけど、最近はそうじゃないんだね。なんて話をしながら帰るだろう。

あなたの頭の中には、どんな漆器のトレーが浮かんだだろう?そこには、今まで店頭に並んでいたよく見るトレーはなかったはずだ。

・・・
これは、伝統工芸に限ったことではなく、どんな業界にも言えることだが、人間、売る側になったとたんに、自分がどんな消費行動をするかは棚の上にあげてしまう。
だけど、その消費行動を棚から降ろしてみなくてはいけないなぁ...と改めて感じた。

4.光る漆器屋さんを見つけた



Photo by Satoko Kamada 2019 SEP

何も買うつもりなく、財布は軽かったのだけど、そのスタイルに惚れ込んで、忘れないためにも、何か買って帰りたいと思って、写真の品を買った。

他の漆器屋さんに比べ、ここのブースは光っていた。伝統的な物も起きつつ、新しいアプローチも多く見られた店だった。私から積極的にお話を伺った。
前述の店も、ペンダントを置いていたが、ここのとはデザイン性で大きく違っていた。

何かを見た瞬間に「ハァー!」と息を吸い込む瞬間、というと伝わるだろうか。
「美しい!ほしい!」

ここのお店の方とお話をさせていただいて、ぜひ、工房を見てみたいと心から思った。
どんなお話をしたかは、もったいないので、書かない(^^)。

実は、この漆器屋さん、他のお客様から「面白いことを始めた漆器屋さんがいる!」と、以前教えていただいたことのあった漆器屋さんだというのを、後で思い出した。お会いしたことはなかったが。そのお客様と、アンテナの周波数が同じだ!と思って少しうれしかった。

帰路につく、車の中で、「いらないです」と思った店と「忘れたくないから、とりあえず、今持ってるお金で買えるものを買って帰りたい!」と思った店との差はなんだったのだろう…そんなことを考えながら帰ってきた。

漆器だけではなく、他にも数店舗、面白いモノづくりをしているところ発見してワクワクした。

さいごに:漆はこれから来る!

環境保護のために、プラスチックごみを減らす動きが今までとは比べ物にならないスピードで進んでいる。ここから50年でゴミを出さない動きは今までの100年とは比べ物にならないスピードで進んでいくだろう。

今までゴミとして捨てられていたものの、捨てなくていい代替品の需要が急速に上がる。
新しい素材を研究するのに投資するのも1つだけれど、今まであったもので代用する方が現実的だし、早い。

そういった側面から、漆は今までにない注目のされ方をしてもよいのではないか?と私は考える。

築100年のうちの実家には、いったいいつからそこにあるのか、今生きている親戚で知っている者は誰もいない漆器もある。(いや、あった...かな?もしかしたら母が捨ててしまったかもしれない)長持ちするのは、私の記憶する限り、そこにあり続ける漆器で実感している。

陶器も同じように、長持ちするのだけど、いかんせ落とすと割れる。割れても金継ぎすれば使えると言えばそうだけども、「割れた瞬間」の危険性は否めない。

一方で、漆器の木地は「木」地というくらいだから、木でできていることが一般的だ。芯が木製で漆を何重にも重ねて塗られたものは、ちょっとやそっとじゃ、陶器のようには割れない。漆は液状の時には、肌に触れるとかぶれる人もいるが、乾いた漆で肌が荒れる人はいないだろう。

漆器の芯材を「木地」ということから、「木」じゃないと塗れないと思っている人も多いかもしれないが、なんにでも塗れるそうだ。

今まで捨てていたどん用途のものを、心材に何を使って塗るか。これによって漆の幅はもっと広がり、身近なものにならないだろうか。

漆の木は、漆がとれるようになるまでに10年かかる。もし、漆がゴミを増やさない何かに使われる材料の1つになれば、入手が難しいと言われている日本漆も1つの大きな産業として復活するかもしれない。

地球環境保護のために、「今までの技術や材料」が役に立つのではないか?そんな視点でも今私は伝統工芸に注目している。